エンセファリトゾーンについて詳しく
斜頸・眼振・ローリングなどの前庭障害についてまとめた前回の記事でも少し触れましたが、今回はエンセファリトゾーンについてです。
⇩前回の記事はこちら
https://dattman2024.blog.jp/archives/2274362.html
エンセファリトゾーン(Ez)とは、偏性細胞内寄生性のミクロスポリジア(微胞子虫)で、正式名称はEncephalitozoon cuniculiといいます。
くにくり。響きは可愛いですが、よくわかってない厄介なやつです。
偏性細胞内寄生性とは、他の生物の細胞内に寄生することでしか生きられないという意味です。
微胞子虫という名前から寄生虫と思われがちで、実際1990年代後半までは原虫類に分類されていましたが、近年では真菌類(カビの仲間)に分類が変更されました。
Ezの生活環(どのように増え、生きているのか)にはまだ不明な点が多いです。
ウサギへの寄生が最も多いとされていますが、齧歯目(ハムスターなど)・食肉目(犬猫など)・霊長目(猿など)・ウサギ目など哺乳類に広く感染します。
人では後天性免疫不全症候群(AIDS)の患者に日和見的にEzが寄生して頭痛や発熱を起こした例があるようです。
Encephalitozoon cuniculiでは3つの株が同定され、タイプⅠは犬、タイプⅡは齧歯目、タイプⅢはウサギから分離されたようです。
ウサギ以外の動物での感染を心配する必要は基本的には無いでしょう。
Ezの感染経路と疫学
主な感染経路は尿を介した経口感染です。尿中に排泄されたスポア(胞子体)を経口摂取することで感染が拡がっていきます。
また、感染した親ウサギから子ウサギへ垂直感染することも確認されています。
ウサギの体内に侵入したスポアはマクロファージ(白血球の仲間)に取り込まれ、血行性に全身に広がり、約30日後には脳・肺・腎臓・肝臓などへの感染が成立します。
約100日で慢性感染となり、主な病変部は腎臓の尿細管・脳・水晶体前囊であり、肉芽腫性病変を形成します。
通常は感染しても無症状(不顕性感染)ですが、ストレスなどにより免疫抑制がかかると急性発症することがあると言われています。
Ez症を発症したウサギの60%で、生活環境の変化が発症する3日以内に行われていたという報告もあるようです。
腎臓の感染巣からは新たな大量のスポアが尿中に出ていき、スポアの排出は約9週間続くとされます。
尿中のスポアは長期に渡って感染力を保持し感染源となるため、尿の扱いには気をつけなくてはなりません。
70%エタノール30秒などで不活化できます。
日本国内では感染率63.5%、不顕性感染率57.9%という報告があります。
別の報告では国内のEz感染率は単独飼育群29.7%なのに対し、複数飼育群75.2%というデータもあり、多頭飼育家庭やブリーダーでは感染が拡がらないよう、より気をつける必要があります。
High seroprevalence of Encephalitozoon cuniculi in pet rabbits in Japan
Ez症の臨床症状
Ez症を疑うウサギの内、
75%が神経症状(眼振・斜頸・旋回運動・ローリングなど)
14.6%が水晶体破囊性ぶどう膜炎
3.5%が腎不全
6.9%がその複合症状を示していたという報告があります。
神経症状(前庭障害)については前回詳しく書いたので今回は割愛
眼症状
Ezは
①眼球水晶体内に寄生
②水晶体囊を破る
③前房中に水晶体蛋白が漏出、虹彩炎・ぶどう膜炎を起こし膿瘍を形成
④水晶体内に前房水が入り、白内障を誘起
⑤膿瘍は虹彩と水晶体・角膜の癒着を起こし、緑内障を続発することも
⇩虹彩膿瘍を形成した症例
Ezだけでなく、角膜潰瘍・細菌感染も原因になり得ます。

⇩白内障の症例
Ezによる白内障や膿瘍は比較的若齢で起きます。
若いウサギの白内障はEzが原因かもしれません。

腎不全
腎不全に特異的な症状というものは無く、食欲不振・体重減少・若齢個体の成長不良・突然死などが見られる可能性があります。
血液検査でのBUN(尿素窒素)・Cre(クレアチニン)などの項目で評価します。
また、Ez症が疑われるウサギでは、P(リン)血中濃度の有意な低下が報告されており、これはEzが腎臓の集合管に感染することで尿細管が損傷し、腎機能が障害されリンの再吸収に問題が生じるためと考えられているようです。
⇩Shin@獣医病理学者さんのポストにわかりやすい写真があったので引用させて頂きます(許可は頂いてます)。
腎臓の集合管上皮に充満するエンセファリトゾーンの胞子。管の中には遊離した胞子もみられ、尿中に排泄される様子がよく分かると思います。
ウサギの腎臓、グラム染色。 pic.twitter.com/jfLHKt1ulV
— Shin@獣医病理学者 (@Shin80038016) February 13, 2021
腎臓の集合管上皮に充満するエンセファリトゾーンの胞子。管の中には遊離した胞子もみられ、尿中に排泄される様子がよく分かると思います。
— Shin@獣医病理学者 (@Shin80038016) February 13, 2021
ウサギの腎臓、グラム染色。 pic.twitter.com/jfLHKt1ulV
Ez症の診断
前提として、Ezの確定診断は死後の病理組織検査のみになり、中枢神経における肉芽腫性髄膜脳炎や腎臓における間質性腎炎という典型的病変、E.cunicliスポアを確認することでしか確定をつけられません。
そのため、生前中の診断は臨床症状・身体検査・血液検査・画像診断・抗体価測定などを組み合わせて推定評価することになります。
特に抗体価測定は感染の有無を評価するのに重要な項目ですが、その解釈は少し難しく、注意が必要です。
ウサギのEz症に対しては、IgG抗体・IgM抗体の測定が行われます(いずれも富士フイルムVETシステムズ、抗体価80倍以上を陽性とする)。
IgG抗体は感染後3−4週間から上昇していき、6−9週間でピークを迎え、個体差はありますがIgG抗体は数年間維持されることもあるとされています。
IgG抗体価による感染診断は感度88.5%-96%、特異度100%と報告されています。
それに対してIgM抗体は、感染後1週間以内にピークを迎え、暴露から35日後までは抗体価は高く、5-18週間程度で下がり始めるが、18週間までは高いIgM抗体価が維持される可能性があるとされています。
つまり
IgG(+)IgM(−):慢性または不顕性感染
IgG(+)IgM(+):活動性感染(急性感染・再燃・再感染のいずれか)
IgG(−)IgM(+):急性感染
と定義されます。
Ez症が疑われた75羽のウサギにIgG・IgM抗体価測定を行った三輪先生らの報告では
IgG(+)IgM(−):49.3%
IgG(+)IgM(+):40%
IgG(−)IgM(+):0%
IgG(−)IgM(−):10.6%
というデータが出ています。
Ezは感染しても症状を示さないことが多いので、IgG(−)IgM(+):急性感染 の状態のウサギを見つけるのは難しいと考えられています。
注意しなければならないのは、仮に抗体価陽性であっても、そのうちどれくらいが発症するかは不明であり、加えてPasteurella multocidaなどの細菌感染が併発することも考えられるため、その症状が本当にEzによるものかはわからないという点です。
まとめると
IgG(+)IgM(−):Ezが原因かもしれないが過去の感染を示しているだけの可能性もあり
IgG(+)IgM(+):Ezが原因である可能性が高い
IgG(−)IgM(+):この結果になることはほぼ無い
IgG(−)IgM(−):Ezが原因である可能性はほぼ0%
といったところでしょうか。いずれにせよ、あくまで100%の検査では無く参考程度と覚えておいて貰えると良いでしょう。
IgG・IgM抗体価測定の料金は、病院にもよりますが1万円程度のところが多いのではないでしょうか。
抗体価の推移と、症状の変化、治療に対する反応などはまだ検討中のようです。
Ez症の治療
Ezの症状は、Ezそのものによる影響というより、感染した細胞が破壊されて周囲組織にスポアが放出される際の炎症反応により、自己組織が傷害されることで発現します。
そのため、治療の主な目的は
・Ezのスポアの形成および増殖の抑制
・肉芽腫性炎症の鎮静化
の2つになり、これに加えて二次感染の予防や、状態によっては食欲低下などに対しての支持療法や介護が必要になってきます。
・Ezのスポアの形成および増殖の抑制
⇨これに対しては
フェンベンダゾール(商品名:パナキュア)20mg/kg :SID(1日1回経口投与):28日間
の治療プロトコールがよく使われます。
この根拠になっているのは、Suterらの研究⇩で
Prevention and treatment of Encephalitozoon cuniculi infection in rabbits with fenbendazole
フェンベンダゾールの投与によって、ウサギへのEzの実験感染の抑制効果と、自然感染症例の脳組織からのEzが検出されなかったという結果が出ています。
この研究では、フェンベンダゾールの非投与群では9例中7例の脳組織からスポアが検出されたのに対し、20mg/kg :SID:28日間投与群では8例全てでスポアが検出されなかったようです。
また、フェンベンダゾールは脊髄損傷の際に起こるB細胞性自己免疫反応を減少させる可能性が示唆されており、Ez症による神経症状を改善するメカニズムに関わっている可能性があります。⇩
Fenbendazole improves pathological and functional recovery following traumatic spinal cord injury
・肉芽腫性炎症の鎮静化
⇨こちらに対しては、浮腫や炎症の消失による症状の改善を期待してステロイド(グルココルチコイド)が用いられることがあります。
しかし、ステロイドは潜在的な免疫抑制作用があり、Ezに対する宿主防衛反応として重要なTリンパ球機能やサイトカイン産生を抑制して感染を悪化させることがあるとされています。
また、Ezによる組織の損傷は不可逆的であり、肉芽腫性病変はEzが駆除された後も持続する可能性があるため、抗炎症薬は効果的では無いとも言われており、現状ではEz症に対してはステロイドの使用は推奨されていません。
実際遭遇したらどうするのか
斜頸や眼振などの神経症状を示しているウサギに遭遇した時、その場で原因はコレです!と断定できることはあまり多くないです(外耳に膿が沢山出ていたり、レントゲンで鼓室胞の融解が見られたりしたら中内耳炎を強く疑えるなどの場合もある)。
Ez症と細菌性中内耳炎のどちらなのか?
はたまた脳炎や腫瘍が関わっている可能性はあるのか?
Ezの抗体価測定は外注検査なので結果が返ってくるまで時間がかかりますし、脳などの中枢神経を評価するにはMRIが必要です、いつでも直ぐに実施できる訳ではありません。
検査を進める間に何も手を打っていないと、状態は悪化することがほとんどです。
なので、何が原因か断定できない場合、自分は
・Ez症に対してのフェンベンダゾール(上記の28日間プロトコール)
・細菌性中内耳炎や脳炎に対しての
抗生剤(細菌培養後薬剤感受性試験の結果が返ってくるまではエンロフロキサシン(商品名バイトリル):7mg/kg:SID:1−2週間)
低用量のステロイド(プレドニゾロン1mg/kg以下:SID:1週間前後)
の3薬剤を使います。ステロイドの使用は議論が分かれるところだと思います。
自分はステロイドを入れたせいで病状が悪化したという経験は今のところなく、実際の病態がなんだったのかにも寄りますし、ステロイドがどこまで良い働きをしてくれているのかはわかりませんが、この3剤で多くの症例は改善が見込めると感じています。
(もちろん重症例では改善できなかったこともあります)
他には、食欲が落ちている場合は皮下点滴やプリンペラン・モサプリドなどの消化管運動促進薬、
痙攣が起きる場合はミダゾラム(鼻孔への滴下)を使います。
腎不全に対しては程度にもよりますが、積極的な入院下での静脈点滴などが必要になるでしょう。
眼病変に対しては、角膜潰瘍が無ければステロイド点眼と抗生剤点眼を使います。
Ez症の予後
捻転斜頸の程度が軽ければ、自立して採食もできるため予後は良いですが、頻繁なローリングや自立できない場合は頻繁な介護が必要になり、予後はよくありません。
神経症状を示したウサギの回復率は、発症数日以内は約50%とする報告があるようです。
腎不全例では予後不良のことが多いです。
眼病変の場合は、命に関わることは少ないです。
まだまだ謎が多く、診断・治療法が確立されていないエンセファリトゾーン症。
様々な先生が研究を進めていらっしゃるので、今後の展開に期待です。
参考文献
・前庭症状を示さず全身性肉芽腫性炎症を認めたエンセファリトゾーン症を疑うウサギの1例
峠 大樹・末木真理・伊藤奈津美・成毛淳人(シンシア動物病院)
日本獣医エキゾチック動物学会症例検討会2022
・国内の 1 エキゾチック動物病院における愛玩用ウサギの 抗エンセファリトゾーン IgM 及び IgG 抗体陽性率と経時変化
・エキゾチック臨床シリーズ Vol.20 ウサギの診療(学窓社)
・ウサギの医学(緑書房)